大分地方裁判所中津支部 昭和52年(ワ)128号 判決 1979年5月11日
原告(反訴被告)
加治好規
被告(反訴原告)
松本君夫
主文
本訴被告松本君夫、同永岡義之は原告に対し各自金四、四四五、八五三円および内金四、一四五、八五三円に対する昭和四九年一二月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告その余の請求を棄却する。
反訴原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は本訴について生じた部分は二分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とし、反訴について生じた部分は反訴原告の負担とする。
この判決は本訴原告が各被告に対しそれぞれ金一、四〇〇、〇〇〇円の担保を供託するときは、その被告に対して本訴原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 本訴
1 原告
被告らは各自原告に対し金七、〇七二、七〇八円および内金六、七七二、七〇八円に対する昭和四九年一二月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
右第一項について仮執行の宣言。
2 被告ら
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二 反訴
1 反訴原告
反訴被告は反訴原告に対し金一三、三八六、二二九円および内金一三、〇八六、二二九円に対する昭和四九年一二月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は反訴被告の負担とする。
右第一項について仮執行の宣言。
2 反訴被告
反訴原告の請求を棄却する。
訴訟費用は反訴原告の負担とする。
第二主張
一 本訴
(請求原因)
(一) 事故の発生
1 日時 昭和四九年一二月二五日午後一時一五分
2 場所 中津市如水是則交差点矢野農園先路上
3 加害車 自動二輪車(北九州ま二〇九)
運転者 被告兼反訴原告松本君夫(以下被告松本とする。)
4 被害車 自動二輪車(中津市A二一五九)
運転者 原告兼反訴被告(以下原告とする。)
5 態様 被告松本は加害車を運転して中津方面から別府方面に向け進行し、前記交差点を左折したが、速度を出しすぎていたため中央線を越え、対向車線内に進入し、対向してきた被害車に衝突した。
6 原告の受傷 開放性右大下腿骨折、頭部外傷、脳挫傷
7 治療 原告は右負傷を治療するため梶原病院に昭和四九年一二月二五日から同五〇年三月一四日まで八〇日間入院し、同月一五日から同年五月一四日までの間三〇日通院し、鍋内針灸院に同月一五日から同年六月二〇日までの間二八日通院し、九州労災病院に同五二年二月二四日から同年三月七日まで一二日間入院し、同年三月一一日から同年四月一日までの間三日間通院した。
(二) 責任
1 被告松本
同被告は訴外鐘ケ江保から加害車を借りて使用していたのであるから自動車損害賠償保障法三条による責任がある。また同被告は速度を出しすぎて中央線を越えた過失により本件事故を惹起したので民法七〇九条による責任がある。
2 被告永岡
同被告は被告松本の使用者であるところ被告松本は精肉の配達の帰途前記過失により本件事故を起したもので、被告永岡は民法七一五条による責任がある。
(三) 損害
1 治療費 合計五六二、二四九円
梶原病院 四五八、二一三円
鍋内針灸院 四二、〇〇〇円
九州労災病院 六二、〇三六円
2 付添看護料 一〇〇、〇〇〇円
前記入院期間中、昭和四九年一二月二五日から同五〇年二月一二日まで五〇日間付添を必要とした。一日二、〇〇〇円として計算。
3 入院雑費 四六、〇〇〇円
前記入院期間、一日五〇〇円として計算。
4 通院交通費 六〇、〇〇〇円
5 慰藉料 合計二、四〇〇、〇〇〇円
(1) 入、通院に対する慰藉料 一、二〇〇、〇〇〇円
前記入、通院期間を考慮すれば右金員が相当である。
(2) 後遺症に対する慰藉料 一、二〇〇、〇〇〇円
原告には右受傷の結果、右膝可動制限、右下腿二センチメートル短縮の後遺症があり、これは第一一級に該当する。
6 後遺症に基づく逸失利益 五、〇九四、四五九円
原告は事故当時満一六歳の学生であつたが右後遺症により労働能力を二〇パーセント喪失した。昭和五二年度における一八歳の平均給与額は月九一、〇〇〇円であるから稼働可能年数を四九年として逸失利益を計算すると右金額になる。
91,000×12×0.2×23.123=5,094,459
7 填補
原告は自賠責保険から二、二九〇、〇〇〇円の支払いを受けたが、内八〇〇、〇〇〇円は梶原病院の治療費一、二五八、二一三円の一部として支払われたので、残額一、四九〇、〇〇〇円を右損害に充当した。
8 弁護士費用 三〇〇、〇〇〇円
被告らは本件事故による損害の賠償に誠意をみせず、やむなく本訴提起に至つたのであるが、その為に要した弁護士費用中、右金額は本件事故に基く損害として被告らが負担すべきである。
(四) よつて原告は被告らに対し連帯して右損害合計八、五六二、七〇八円から一、四九〇、〇〇〇円を差引いた七、〇七二、七〇八円および内金六、七七二、七〇八円(弁護士費用を除いた額)に対する本件事故の翌日である昭和四九年一二月二六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(答弁)
(一) 被告松本
請求原因(一)1ないし4の事実は認める。同5の事実は、被告が「速度を出しすぎていたため中央線を越え対向車線に進入した」点を否認し、その余の点は認める。同6、7の事実は不知。
同(二)1の事実は争う。
同(三)の事実中7の点を認め、その余は争う。
(二) 被告永岡
請求原因(二)2の事実は否認する。被告松本は被告永岡の営業に従事中本件事故を起したのではない。
その余の請求原因事実は不知。
(被告松本の抗弁)
(一) 本件事故の態様は被告主張のとおりであり(後記、反訴請求原因(一)2)、原告の一方的過失により生じたものである。
(二) 仮に被告に幾分かの過失が認められるとしても原、被告間には次のとおり和解契約が成立している。
昭和五〇年一月ごろ原告の父加治重喜から被告の父松本幸夫に対し、本件事故の当事者はともに高校生であり損害賠償能力がないので損害については各々その親が自弁し双方互いに請求しないことにしようと申入れがあり、同年二月初めごろ右松本幸夫がこれに応じたことにより和解契約が成立した。
(被告松本の抗弁に対する答弁)
同(一)の事実は争う。事故の態様は原告主張のとおりであり、被告松本の過失に基く。
同(二)の事実は否認する。被告松本主張のような話し合いがあつたことは認めるが、加害車の保険関係が明確でなかつたため、話がつかなかつたものである。
(再抗弁)
仮りに、和解契約が成立したとしても、原告には要素の錯誤があつたから右契約は無効である。即ち、原告の父は事故当日警察官から、本件事故は交差点内の事故で双方に責任があると聞かされたため、そのように誤信し、右和解に応じたのであるが、実際には右事故は被告松本の一方的過失によるものであるが右の点につき錯誤がある。
(再抗弁に対する答弁)
否認する。原告の父は和解契約当時、既に本件事故の態様を知り、原告の方が有利であると考えながら和解契約を結んだのであつて、何らの錯誤もない。
二 反訴
(請求原因)
(一) 事故の発生
1 本件事故の日時、場所は本訴請求原因(一)1、2に同じ。
被害車と加害車の関係は同3、4と逆である。
2 態様 反訴原告は被害車を運転して中津方面から宇佐方面に向け進行し本件現場交差点を左折し時速三五キロメートルで犬丸方面に進行中、前方に反訴被告運転の加害車を発見した。反訴被告は後方を振りかえりながら後部座席の同乗者との会話に夢中で反訴原告車に気づかず漫然と道路右側部分を進行してきた。反訴原告はこのままでは衝突するかもしれないと考え、これを避けるため右に出て対向車線に入るしかないと考え、自車進路をやや右寄りに変えたところ反訴被告は反訴原告車にはじめて気づき自車線にもどるため咄嗟に進路を左に変えたため、反訴原告車に衝突させたものである。
3 反訴原告の受傷 頭蓋骨々折、脳内出血、上下顎骨々折、上下門歯切損、右前頭部・眉間部切創、上口蓋破裂、鼻骨々折
4 治療 反訴原告は右負傷を治療するため梶原病院に昭和四九年一二月二五日から同五〇年三月一五日まで八一日間入院し、九州労災病院に同年五月一七日から同月三〇日まで一四日間入院し、同年三月二八日から同年六月一六日までの間三日通院し、友松眼科医院に同年七月一九日から同年八月二二日まで三四日通院した。
(二) 責任
本件事故は前述((一)2)のとおりの態様であるから反訴被告の前方不注視、運転操作の誤りの各過失によつて惹起されたものであり反訴被告は民法七〇九条による責任がある。
(三) 損害
1 治療費 合計八七三、二三〇円
梶原病院 八三三、四〇〇円
柏木歯科医院 八、三〇〇円
友松眼科医院 四、五三〇円
九州労災病院 二七、〇〇〇円
2 付添看護料 六二、〇〇〇円
前記入院期間中昭和四九年一二月二五日から同五〇年一月二四日までの三一日間。一日二、〇〇〇円として計算。
3 入院雑費 四七、五〇〇円
前記入院期間計九五日。一日五〇〇円として計算。
4 慰藉料 合計四、一六〇、〇〇〇円
(1) 入、通院に対する慰藉料 八〇〇、〇〇〇円
(2) 後遺症に対する慰藉料 三、三六〇、〇〇〇円
反訴原告は右受傷の結果、視力低下(右眼〇・〇二、矯正不能、左眼一・〇、矯正不能)、右眼視野狭窄、顔面切創、歯牙欠損(右上第一小臼歯、左上第三小臼歯、下門歯二本)、鼻変形の後遺症を有し、これは自賠法施行令別表後遺障害等級表第八級に該当し、慰藉料として右金額が相当である。
5 後遺症に基づく逸失利益 一二、一〇三、四九九円
反訴原告は当時一八歳の学生であつたが、右後遺症により労働能力を四五パーセント喪失した。昭和五〇年度における一八歳の平均給与額は九一、八〇〇円であるから稼働可能年数を四九年として逸失利益を計算すると右金額になる。
91,800×12×0.45×24.416=12,103,499
6 填補
反訴原告は自賠責保険から四、一六〇、〇〇〇円の支払いを受け右損害に充当した。
7 弁護士費用 三〇〇、〇〇〇円
本件弁護士費用中、本件事故に基づく損害として反訴被告が負担すべき金額は右のとおりである。
(四) よつて反訴原告は反訴被告に対し右損害合計金一七、五四六、二二九円から四、一六〇、〇〇〇円を差引いた一三、三八六、二二九円および内金一三、〇八六、二二九円(弁護士費用を除いた額)に対する事故の翌日である昭和四九年一二月二六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(答弁)
反訴請求原因(一)1の事実は認める。同2の事実は否認する。同3の事実中、原告が負傷した点は認め、その内容は不知。同4の事実は否認する。
同(二)の事実は否認する。
同(三)1ないし3の事実は不知。45の事実は争う。6の事実は認める。7の事実は不知。
第三証拠〔略〕
理由
一 本訴
(一) 本件事故
1 発生
昭和四九年一二月二五日午後一時一五分ごろ、中津市如水是則交差点付近路上において、原告加治(以下加治とする。)運転の自動二輪車(以下加治車とする。)と被告松本(以下松本とする。)運転の自動二輪車(以下松本車とする。)とが衝突した事実は右当事者間に争いがなく、被告永岡との関係では公文書であると認められるから真正に成立したと推定される甲第一号証により認められる。
2 態様
いずれも成立に争いのない(被告永岡は明らかに争わない。)甲第一二ないし一四号証、第一八号証、第二〇号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第四号証の一、加治および松本各本人尋問の結果を綜合すると次の事実が認められる。
(1) 本件現場付近は、歩車道の区別がない市道で、人、車の通行量が少い非市街地である。道路は幅員四・五メートルでアスフアルト舗装されており平坦で交通規制はない。道路上にも中央線等の標示はない。松本の進行方向からみてゆるやかに左に曲がり、本件現場付近からほぼ直線になつている。加治の進行方向からみて本件現場から少し先で国道一〇号線とT字型に交差している。
(2) 加治は犬丸方面から国道一〇号線の手前のうどん屋に行こうとして本件現場に至つた。現場付近での速度は約三〇キロメートル毎時である。松本車を発見したのは約四三メートルの距離になつてからである。その時には危険は感じなかつた。同人は衝突してから、意識を失い、また事故前の記憶をなくしたため、その後の状態は分らない。
(3) 松本は国道一〇号線から左折して本件市道に入り、ゆるい左カーブにそつて本件現場に至つた。現場付近での速度は約五〇キロメートル毎時である。加治車を発見した時、同車との距離は約五七メートルあつた。一〇号線から入り左カーブに沿つて走つている間は道路中央付近を走つたが、右発見した地点付近では徐々に道路左側に移ろうとしていた。加治車が道路中央より右側(松本よりみて左側。)に出ているとみて離合するためにその右側(松本からみて。)を通つた方がよいと判断しそのまま道路右側を走り衝突した。衝突後意識を失つた。
(4) 現場付近の痕跡としては別紙図面(路面上の痕跡の関係位置を大まかに記した略図)記載のとおり、松本車のものと認められる制動痕、本件事故により生じたと認められる擦過痕がある。右両痕跡からみると衝突現場×点は松本の進行方向からみて左端道路から三・一メートルの位置と認められる。松本車の先端が加治車の右側面に当つた。加治車は左後方に転倒し、松本車は転回して進行方向に後尾を向ける形で転倒した。松本、加治、加治車の同乗者訴外白井常雄および両車の倒れた位置は前記見取図のとおりである。
(5) 右事実からすると松本は国道一〇号線から左折して本件市道に入る際十分に減速せず、五〇キロメートル毎時という高速で入つたため、前方左カーブをうまく曲れず、大きく中央方向にふくれる形で走つたため、道路右側部分にはみ出し、加治車を避けきれずに衝突したものと認めるのが相当である。松本本人尋問の結果中には加治車がその進行方向からみて道路右側部分を走つてきたのでこれを避けるため自ら右側に転把したとする表現があるが他にこれを裏付けるに足る証拠がなく、にわかに措信しない。
一方加治は松本車との距離が四三メートルの位置でこれに気づいたことが認められるが前認定の道路状況殊に松本が加治車を五七メートルの位置から発見していることから考えると、その間同人は前方注視を怠つていたものと認められる。
3 結果
いずれも加治と松本の間では成立に争いがなく、永岡との間では弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第二ないし五号証および加治本人尋問の結果によれば、本訴請求原因(一)、67の各事実が認められる。
(二) 責任
1 被告松本
松本本人尋問の結果によると、松本は本件事故の半年位前ごろ訴外高橋義治から松本車を買受け、使用していた事実が認められる。右事実によれば松本は同車を保有し運行の用に供していたものと認められ、同人は自賠法三条により本件事故によつて加治に生じた損害を賠償する責任があるものと認められる。(同人の責任に関する加治のその余の主張については判断するまでもない。)
2 被告永岡
前掲甲第一八号証、松本および被告永岡各本人尋問の結果によれば、被告永岡は精肉店を営んでいること、松本は昭和四九年七月ごろから学校終了後アルバイトとして同店の配達に従事してきたこと、同人は事故当日も午前中三、四軒の配達を行い午後は市内大貞所在のスーパー大丸に配達に行き帰途本件事故を起したことが認められる。右事実によれば永岡は松本を使用し、松本はその事業の執行につき、本件事故を起したものと認められる。
また前認定の本件事故態様によれば、後記((三)2)のとおり本件事故は松本の過失により起きたものと認められるので被告永岡は民法七一五条により加治の損害を賠償する責任があるものと認められる。
(三) 原告の過失
1 前認定一2(5)のとおり、加治は松本車に四三メートルの距離になつて気づいたことが認められるが、同所付近は見透しがよく、現に対向する松本が五七メートルの位置から加治車を発見していることから考えると加治はその間前方注視を怠たり、その点に過失があつたこと、また同人が前方注視を怠つていなければ本件事故は避けることができたかもしれないと認めるのが相当である。
2 しかし、前認定の事故態様から考えれば、松本は国道一〇号線から本件市道に入る際十分減速し、前記左カーブを注意して走行すべき注意義務があつたものと認められるのに前認定のとおりこれを怠たり漫然と五〇キロメートル毎時の速度で走つたため道路右側部分にはみ出し本件事故を起したものと認められる。なお、同人は五七メートル先に加治車を発見したのであるが、右距離は松本車の速度だけを考えても、約四秒の距離であり、これに加治車が三〇キロメートル毎時の速度で対向してきたことを考えると、右発見した地点で既に衝突の回避は困難であり、同人の本件事故発生に占める前記過失の割合は大きいものと判断する。
そして、右状況では前認定のとおり加治の過失もかなりのものと考えられ、両者の本件事故に占める過失割合は松本七五パーセントに対し加治二五パーセントの割合とみるのが相当である。
3 従つて本訴については、原告は被告らに対し本件事故により生じた損害のうち七五パーセントの限度で賠償を請求することができるものと考えられ、被告松本のこの点についての抗弁は右の範囲で理由がある。
(四) 和解契約
本訴被告松本の抗弁(二)の主張については、証人松本幸夫、同白井孝也の各証言および本訴被告永岡本人尋問の結果中には、これに沿うかにみえる表現がある。しかし証人白井の証言および永岡本人尋問の結果中の右表現部分は同証言および本人尋問結果によるといずれも右松本幸夫から聞いたものであることが認められ、右各表現部分を以ては右主張を認めるに足りない。
かえつて、右各証言、永岡本人尋問の結果、これにより真正に成立したと認められる乙第五号証および本訴原告法定代理人加治重喜尋問の結果(第一、二回)を綜合すると次の事実が認められる。即ち、本訴原告の父重喜と同被告松本の父幸夫とはその子供達が入院中治療費等について話しあつた。その間加治車に同乗していて本件事故により負傷した訴外白井常雄に対する賠償も問題になつた。右白井の父訴外白井孝也は、はじめ治療費は自弁していたが額が大きくなつたので、加治、松本および永岡にその負担を要求した。その結果、白井の関係では、右三者が金一五万円宛出しあい合計金四五万円を見舞金として支払うことで話ができた。実際には白井は加治からは金一〇万円を受取つた。昭和五〇年六月二九日付で示談書を作成した。示談書は白井と右三名の間で夫々交わされた。乙第五号証は永岡についての示談書である。その示談の過程で加治と松本の間に示談ができているか否かが問題になつたことがある。松本の側はその結果を「加治も松本も高校生同士であるから互いに請求しないことにしようという話が出来た。」と理解し、加治の方は「白井の話が済んだ後で松本に請求したがそのままになつている。」ものと考え、白井の方は「加治と松本とは『事故の程度も一緒だし、どちらもハンドルを握つていたのだからお互いで被害弁償をしようではないか』と話しているのを聞いた。」と覚えている。加治と松本の間では示談書に類する書面は作成していない。
右事実によれば、加治、松本および永岡の三者と白井との間の解決と、加治、松本間の状態は相当に異つていることが認められ、結局、加治と松本の間では和解契約は成立していないのではないかという疑いが残る。従つて本訴被告松本のこの点についての抗弁は採用しない。
(五) 損害
1 治療費 合計金一、三二〇、二七九円
(1) 法定代理人加治重喜の陳述(第一回)により真正に成立したと認められる甲第八、九号証、いずれも成立に争いのない甲第二一号証の一ないし一〇、右証言および加治本人尋問の結果によると加治は本件負傷を治療のため、前認定のとおり梶原病院および九州労災病院に入、通院し、治療費として、それぞれ金一、二五八、二四三円、金六二、〇三六円を負担した事実が認められる。
(2) 右陳述、本人尋問の結果およびこれにより真正に成立したと認められる甲第六号証によれば、加治は鍋内鍼灸院に通院し、治療を受けた事実が認められる。しかし右証言によると同鍼灸院への通院は医師に勧められたものではないことが認められ、右事実に加治の本件事故による負傷、後遺症の状態を併せ考えると、右治療が必要であつたか疑問であり、右治療による支出が本件事故による損害とは認められない。
(3) 従つて治療費として認められるのは前記各病院の合計である右金額である。
2 付添看護料 金一〇〇、〇〇〇円
前掲甲第二号証および法定代理人加治重喜の証言(第一回)によれば加治は前記認定の入院期間中五〇日間付添を要し、その母が付添をした事実が認められる。このような場合にも付添費相当分の損害があつたものと認められ、一日を金二、〇〇〇円で計算すると右金額になる。
3 入院雑費 金四六、〇〇〇円
前認定のとおり(一(一)3)加治は合計九二日間入院したので、その間の雑支出を一日金五〇〇円として計算する。
4 通院交通費 金二〇、四〇〇円
法定代理人加治重喜の証言(第一回)および加治本人尋問の結果によれば、加治は前認定の梶原病院への通院(三〇日間)はタクシーを利用せざるをえず、タクシー代は片道約三〇〇円であつたこと、九州労災病院への通院(三日間)は自家用車を利用したがこれにバスを利用していれば片道約四〇〇円を要することが認められる。
しかし、鍋内鍼灸院での治療については前記のとおり必要性に疑問があるので、その通院費についても、本件事故による損害とは認めない。
従つて、前記各通院費の往復分を計算すると右金額になる。
5 慰藉料 合計金二、〇〇〇、〇〇〇円
(1) 前認定の入、通院期間を考えれば、加治の入、通院による精神的苦痛を慰藉するには金八〇〇、〇〇〇円が相当と認める。
(2) 前認定の同人の後遺症は自賠法施行令別表等級表の第一一級に該当するものと認められ、その苦痛を慰藉するには金一、二〇〇、〇〇〇円を要するものと認める。
6 後遺症による逸失利益 金五、〇九四、四五九円
加治本人尋問の結果によれば、同人は事故当時一六歳の学生であつたことが認められる。従つて一八歳から稼働するものとし、労働能力喪失を二〇パーセントとして、昭和五二年度における一八歳の平均給与月額は金九一、八〇〇円であるから四九年間稼働可能とみて逸失利益の現価を計算すると次のとおりである。
91,800×12×0.2×23.123ホフマン係数=5,094,459
7 しかし前認定のとおり松本および被告永岡の本件事故による損害賠償責任は、本件事故により加治に生じた損害の七五パーセントを限度とするものであるところ、右損害は合計金八、五八一、一三八円であるから、その七五パーセントは金六、四三五、八五三円となる。
(六) 填補
加治が自賠責保険から金二、二九〇、〇〇〇円の給付を受けた事実は加治と松本との間では争いがなく、被告永岡との間では法定代理人加治の陳述(第一回)により認められる。
(七) 弁護士費用
法定代理人加治の陳述(第一回)によれば、同人は松本との間で本件事故による損害の賠償を交渉したが成功せず本訴の遂行を本訴訟代理人に委任した事実が認められる。前認定の損害額から考えると、本件弁護士費用のうち右金額については本訴被告らに負担を請求できるものと認められる。
(八) よつて、本訴原告は本訴被告らに対し、右損害合計金六、四三五、八五三円から右金二、二九〇、〇〇〇円を控除した金四、一四五、八五三円と弁護士費用金三〇〇、〇〇〇円および右金四、一四五、八五三円に対する本件事故の翌日である昭和四九年一二月二六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めることができる。
二 反訴
(一) 本件事故
1 本件事故の発生および態様については前認定(一(一)12)のとおりである。
2 結果
いずれも成立に争いのない乙第四号証の二ないし八および松本本人尋問の結果によれば、反訴請求原因(一)34の各事実が認められる。
(二) 責任
1 反訴被告加治の過失については前認定(一(三)1)のとおりである。
2 しかし、前認定のとおり反訴原告松本にも本件事故発生について過失が認められ(同2)、その本件事故に占める割合は八割と認められることも前認定(同)のとおりである。
3 従つて、反訴については反訴原告は同被告に対し本件事故により生じた損害のうち二割の限度で賠償を請求することができるものと考える。
(三) 損害
1 治療費 合計金八七三、二三〇円
いずれも成立に争いのない乙第一号証の一、二、第二、三号証、証人松本幸夫の証言および松本本人尋問の結果によれば、松本は本件事故による負傷治療のため、前認定のとおり入、通院し、治療費として梶原病院に金八三三、四〇〇円、柏木歯科医院に金八、三〇〇円、友松眼科医院に金四、五三〇円を支払つた事実が認められる。九州労災病院での治療費については直接これを認めるに足る証拠はないが、前記のとおり同人は同病院に一四日間入院したのであるから、治療費はその主張どおり金二七、〇〇〇円は要したものと認められる。
2 付添看護料 金六二、〇〇〇円
成立に争いのない乙第四号証の二によれば、松本は前記入院期間中三一日間付添を要した事実が認められるので、一日金二、〇〇〇円で計算すると右金額になる。
3 入院雑費 金四七、五〇〇円
前記入院期間九五日中の雑支出を一日五〇〇円として計算
4 慰藉料 合計金三、八〇〇、〇〇〇円
(1) 前認定の入、通院期間を考えれば、松本の入、通院による精神的苦痛を慰藉するには金八〇〇、〇〇〇円が相当と認める。
(2) 前認定の同人の後遺症は自賠法施行令別表等級表の第八級に該当するものと認められ、その苦痛を慰藉するには金三、〇〇〇、〇〇〇円を要するものと認められる。
5 後遺症による逸失利益
松本本人尋問の結果によれば、同人は事故当時一八歳の学生であつたことが認められる。前記のとおり後遺症八級と認められるから労働能力喪失を四五パーセントとして、昭和五二年度の一八歳の平均給与月額金九一、八〇〇円、稼働可能年数四九年として計算すると逸失利益の現価は次のとおりである。
91,800×12×0.45×23.123ホフマン係数=11,462,533
6 しかし前認定のとおり加治の本件事故による損害賠償責任は、本件事故により松本に生じた損害の二五パーセントを限度とするものであるところ、右損害額は合計金一六、二四五、二六三円であるから、その二五パーセントは金四、〇六一、三一五円となる。
(四) 填補
松本が自賠責保険から金四、一六〇、〇〇〇円の支払いを受けた事実は当事者間に争いがない。
(五) よつて、反訴原告の損害は既に充たされたものと認められ、反訴請求は理由がない。
三 以上のとおりであるから、本訴原告の同被告松本および永岡に対する本訴請求は、各自金四、四四五、八五三円および右金員から弁護士費用を控除した金四、一四五、八五三円に対する本件事故の翌日である昭和四九年一二月二六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却し、反訴原告の反訴請求は理由がないので棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条九二条九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 甲斐誠)
別紙図面〔略〕